先日のアンジェリーナ・ジョリーが公にした、彼女が予防的乳腺切除術を受けたという件は、日本のニュースサイトやテレビのニュースでも、大きく取り上げられていました。
ただ、日本の場合は、ニュースサイトの場合、単なるストレートニュースの要約のような感じで、「アンジーがアメリカの新聞にこういう内容のコラムを寄せました」「遺伝性乳がんというのは~」「予防的乳腺切除術というのは~」程度な感じ。実際のアンジーの手記の中での提案というのは、もう少しきちんと取り上げられてもいいんじゃないのかな、とは思ったものの、日本だとこの程度になってしまうのだと思います。
また、日本で放送されていたテレビニュースをたまたま見たのですが、まあ、上記と同じような感じで、S大学病院のブレストセンターの先生(著名なN村先生ではなかったですよ)が遺伝性乳がんについて紹介していました。基本的に日本の場合は、遺伝性乳がんに対して次のようなスタンスだということでした。
・遺伝性乳がんの遺伝子検査は保険適用外
・遺伝性乳がんに対する予防的乳腺切除術は保険適用外
・なので、早期発見を!(←結局ここに帰着……ええっ!)
現在日本でも、大学病院などに「遺伝子相談外来」が増えつつあるのですが、自費での診療になることも多く、誰もが気軽に相談できるわけじゃない。つまり、本当に必要な女性に届いているとは言い難いわけです。これは、アンジーの手記にもあったとおりですね。
そもそも、BRCA1とBRCA2(どちらも乳がんや卵巣がんを引き起こすがん抑制遺伝子)に異常があったと診断されても、日本では予防的乳房切除も化学予防もリスク軽減の卵巣摘除も保険では認められていないため、異常があったと診断されること自体がリスクになってしまうわけです。遺伝子検査を受ける側としても、異常がないことを求めて受けるわけなので、そこで異常があった場合、検査の提供側の本人への伝え方も含めて、どう扱えばいいのか相当苦悩することになってしまうのでしょう。
日本の場合は乳がんに対しての啓蒙自体もまだ進んでいないので、そこからさらに一段深い場所にある、遺伝性乳がんまでたどり着くのはまだ時間がかかるのではないかと。ただ、遺伝子医療が先行するようなら、乳がんや卵巣がんになる可能性が可能性が高いと診断される遺伝子の異常は、乳がん予備軍というよりも、遺伝子に関する病気の1つとして扱われるようになるのかな、とも思いますが。
一方、アメリカでは、アンジーの手記に呼応するように、たくさんの意見がWeb上にあがりました。いろいろと目を通してみて、多々思ったことがはあるものの、ゆっくり考えている時間はないので、メモ程度の情報と雑感を。
アンジーはとても特殊な例である
まずは、アンジーの手記を掲載した、本家のNew York Timesの記事。
「アンジーが手術を告白したことによって浮彫になるジレンマ(Jolie’s Disclosure of Preventive Mastectomy Highlights Dilemma)」と題して、遺伝性乳がんの危険性があると診断された場合に直面する、ジレンマについての解説。まずはアンジーが直面した境遇というのが、実は少数派であるという前提のもとに、その境遇に陥ることで、どんなジレンマがあるのかという内容。
アンジーの取った決断に関しては彼女の意思なので賛成も反対もないのですが、そもそも、アンジーの置かれた境遇そのものが、とても特殊なんですよね。3000ドルもかけて、遺伝子検査をして、その結果、その境遇に陥ったということが判明すれば、乳房を切除するという方法がもっとも高い確率で乳がんを防ぐことになるという事実=ジレンマですね。
少なくとも、最後の節にあった内容はどうかと思ってしまった……。
“We need to be careful that one message does not apply to all. Angelina’s situation is very unique. People should not be quick to say ‘I should do like she did,’ because you may not be like her.”
"彼女の発した「メッセージ」が、すべての人に適用されないということに注意する必要があるでしょう。アンジーの状況は非常にまれです。あなたはアンジーではないのだから、「彼女がやったように私もするべきだわ」なんて端的に言うべきではありません"
彼女はセレブリティということなので、それだけ影響力が大きいのでしょうが、アンジーがやったから私もやる!って決めるなんていうのは、あまりにも頭が悪すぎかと(笑)。女子高生にとってのカリスマアーティストみたいな人じゃあるまいし……。つか、遺伝子性乳がんになる危険性があるんだけど、アンジーがやったから、私も乳房を切除する!と決める人がいると想像してるのかと思うと、このコメントを出した先生の思考の方が心配になっちゃいました。
遺伝性乳がんには「トリプルネガティブ乳がん」が多い
お次は、「
アンジェリーナジョリーと遺伝性乳がんの誰も知らない秘密(Angelina Jolie and the Dirty Little Secret of BRCA Breast Cancers)」
こちらは、遺伝性乳がんの裏側に潜んでいることとして、遺伝性乳がんには「トリプルネガティブ乳がん」が多いという内容。それが、「誰も知らない秘密(the dirty little secret)」なんでしょうね。だから、アンジーは乳房切除をしてよかった、ということみたいです(っていうか、それでいいのか?)。
トリプルネガティブ乳がんとは、基本的にターゲット療法が行えない乳がんです。
ターゲット療法とは、乳がんのがん細胞が増殖する際に使っているものを特定し、それに対して治療を行うということです。増殖に使われる(受容体と言います)のは、2種類の女性ホルモン(エストロゲン、プロゲステロン)と、HER2タンパクの合計3種類があり、乳がんの80〜90%ぐらいには、このうちのどれかの受容体があるとされています。しかし、トリプルネガティブ乳がんには、これらがないので、消去法で抗がん剤しか使えず、予後が厳しいとされています。
それを考えると、BRCA1/2遺伝子に異常がある人で乳がんを発症したうちの、かなりの確率でトリプルネガティブ乳がんなのだから、予防的乳房切除は有効なのかもしれないってことを言いたいんでしょうね。
ただ、通常は、遺伝子異常→乳がん→トリプルネガティブ乳がん、だから遺伝子異常と乳がんが結びつかないように予防的乳房切除、だと思うのですが、この論調だと、遺伝子異常→トリプルネガティブ乳がん、だから、遺伝子異常とトリプルネガティブ乳がんが結びつかないように、予防的乳房切除、というように読めちゃいませんか? もしも、遺伝子異常→普通の乳がんが多いのだったら、乳房切除の必要性はどうなるの??というか、必要性はあるんでしょうが、この内容からだと、そこがおろそかなんですよね。前提として、「乳がん」になる可能性が高いということがすっぽり抜けてしまってる感じ。
というわけで、トリプルネガティブ乳がんになる可能性があるから予防的乳房切除という論調は、ちょっと先走り過ぎというか、乱暴すぎるんじゃないかと。なんか後味悪い内容でした。
アンジーのレジメンを公開
最後はアンジーが手術を受けた、ピンクロータスブレストセンターに掲載されていた「
患者さんの過程:アンジーの場合(A Patient’s Journey: Angelina Jolie)」。
これが一番まともだ(笑)。当たり前でもありますが。
遺伝性乳がんになる可能性が高い人に対する、段階的な予防方法について書いてあります。ステージ1からステージ5まであって、各段階にて行うべきこをとをまとめてあり、どのように予防的乳房切除を進めるべきなのかがわかります。BRCA1/2に異常があるすべての女性が、予防的乳房切除を受けるべきではないが、という前置きは好感が持てますね。
ところで、アンジーの手記に「手術以外の方法に取り組んでいる医師(holistic doctors working on alternatives to surgery)」とあったのが、どういうことなのかと思っていたのですが、その理由がこれを読んでわかりました。手術前と後のサプリのレジメンがずらーっと載ってるんですよ……。ちなみに、アンジーの担当医は、ホリスティック医療も手がけているみたいですね。
全体的な内容には好感を持てましたが、いったい、このレジメンは何を言いたいのかとちょっと気になります。
アンジー公認のホリスティック医療の売り込みなのかしら、と思ってしまったのでした。
というわけで、落ちもなにもない、どうでもいい話でした!